記憶の人、

寺山修司はその俳優論の中で、小説家ボルヘスの「記憶の人、フネス」を理想的な俳優としている。フネスの超記憶は、ある時間のある角度から見た犬と、別の時間に別の角度から見たその犬が同じ「犬」という名で呼ばれることに耐えられない。 ---- 景色、歩いて移動する、景色を発話(plivate→public)する。 発話しながらも新しい景色が入ってくる。また発話(plivate→public)する。その繰り返し。 なぜ移動するか。移動とは時間である。ホール対角線/15min で等速に動く点Pになる。適宜腕時計で時刻を確認し、ずれを修正する。 しかし「ずれ」も要素となる。空間上の先取りあるいは遅れから、二次的に増幅した情報も、発話する。繰り返し。 予め見ないという、語義通りのim-provisationは 〇時〇分 受動的になって(聴覚)だんだんと床になっていく、自分が からまた能動性を取り戻しつつ、見る。床を。近距離で。見て記述する。ゆっくりと立ち上がりながら。(=床との距離が漸進的に大きくなる)その距離の大きくなり、の度合いが 記述→記述により増殖した情報の記述 の度合いである。やがて問題とする距離は目と床の距離を超えて、空間、天井ちょい下と床との距離となるその時点では記述は目と床の間に見出した増殖した情報が発話のキャパシティを超えるようにしておき溢れた部分を身体で受け取る。   たしは  ぜ  にる かと そう宣うのはそのように私が今書いているから、とみせかけて私は今 見ている いや見ていない(im-provisation)